NTTジャパンラグビー リーグワン2024-25
ディビジョン1 第13節(交流戦)
2025年3月30日(日)13:00 大和ハウス プレミストドーム (北海道)
東芝ブレイブルーパス東京 59-21 三重ホンダヒート
リーチ マイケルと札幌が紡ぐ物語。特別な縁は未来へ続く
東芝ブレイブルーパス東京(以下、BL東京)は3月30日、北海道札幌市の大和ハウス プレミストドームで三重ホンダヒート(以下、三重H)を59対21で破り、プレーオフトーナメント進出を決めた。
札幌山の手高校出身のリーチ マイケルは、BL東京の選手として初めての札幌での試合を終えて、「高校の3年間はラグビー人生に大きな影響を与えてくれたので、良いプレーをしたいと思っていました。すごく縁を感じます」と柔らかに微笑んだ。
リーチとBL東京の縁は、実は21年前に始まっていた。2004年9月26日、月寒ラグビー場で行われたトップリーグの東芝府中(当時)対トヨタ(当時)で、高校1年生だったリーチはボールパーソンを務めていたのだ。
「あの試合で初めてトップリーグの試合を観ました。しっかり覚えています。東芝の監督が薫田(真広)さんで、メンバーではルアタンギ侍バツベイやキンちゃん(大野均)がいて、トヨタでは廣瀬佳司さんが出ていました」
当時15歳だったリーチ少年は、自分がBL東京で活躍し、日本代表になることは「まったく想像できていませんでした」と振り返る。ただ、この経験がのちの人生に関わることになる。
「その試合で縁があって、薫田さんが覚えていてくれて、そのあとに薫田さんが監督をしていたU20日本代表で僕をキャプテンにしてくれました。そうしてBL東京との縁ができて、いまここにいます」
札幌の地で始まった小さな縁は、時間とともに深く、強くなり、リーチは日本代表87キャップを獲得し、BL東京ではキャプテンとして昨季のリーグワン初優勝に大きく貢献した。
思い出の札幌での三重H戦でも、リーチは走り続けた。前半20分までリードを許し、後半には二人がシンビンとなったが、タフな状況でこそ頼りになる男は体を張り続けた。
そして、試合後の会見でリーチが新たな事実を明かす。
「甥っ子がニュージーランドから初めて来ていたのですが、彼は札幌山の手高校に留学することになっています。彼が最初に観るリーグワンの試合だったので、すごく縁を感じています。これからは彼が僕のように成長してほしいと思います」
リーチと周囲の人々が真摯に臨んだからこそ、縁はつながり、素晴らしい物語が紡がれてきた。そして、その縁から新たな物語も始まっていく。
また、希望の春がやってくる。
(安実剛士)
東芝ブレイブルーパス東京

東芝ブレイブルーパス東京
トッド・ブラックアダー ヘッドコーチ
「まずは選手たちのパフォーマンスを誇りに思います。三重ホンダヒート(以下、三重H)は素晴らしい準備をしてこられていて、特に前半はブレイクダウン(タックル後のボール争奪戦)にもプレッシャーを掛けてきました。かなりのプレッシャーでしたが、選手たちがそれをはねのけて勝利してくれたことをうれしく思います。1週間をとおして良い準備ができて、全員でつかんだ勝利です。個人的に札幌は初めてでしたし、チームのみんなも楽しみにしていましたが、ボーナスポイントを取って帰れるので良い一日になりました」
東芝ブレイブルーパス東京
リーチ マイケル キャプテン
「多くの記者と多くのファンの前で東芝ブレイブルーパス東京(以下、BL東京)と三重Hの試合ができて良かったです。多くの方のサポートがあって、この試合が実現したので感謝しています。(前節の)埼玉パナソニックワイルドナイツ(以下、埼玉WK)戦で、チームとしてハイな状態だったので、今節は自分たちにフォーカスして札幌に来ました。三重Hの激しいプレッシャーで苦しい時間帯もありました。ただ、対策を考えて、少しずつBL東京の勢いが出てきたと思います。この試合はチームにとって重要で、チームの成長を感じています。また来週はコベルコ神戸スティーラーズ戦で違うプレッシャーがありますが、勢いをもって戦います。札幌の会場で勝ったのは初めてなので、笑顔で帰りたいと思います」
──札幌ドームのプレーは久しぶりでしたが、どのような気持ちでしたか。
「日本代表の1回目(2023年7月のサモア戦)でレッドカードを食らって、次の試合(2024年7月)も負けたので、今回は勝って帰りたいと思っていました。試合への意識はディフェンスで頑張ろうと考えていて、札幌山の手高校で佐藤幹夫先生、黒田弘則先生に教わったタックルの成果を見せようとしました。多くの後輩たちが来ていたので、80分間プレーする姿を見せようと思っていました」
──2004年、札幌山の手高校1年生のときに、トップリーグの東芝府中(当時)戦(月寒ラグビー場)でボールパーソンをしたそうですが、覚えていますか。
「それは覚えています。あの試合で初めてトップリーグの試合を観ました。しっかり覚えています。東芝の監督が薫田(真広)さんで、メンバーではルアタンギ侍バツベイやキンちゃん(大野均)がいて、トヨタでは廣瀬佳司さんが出ていました。その試合のボールボーイをやっていました。今日、甥っ子がニュージーランドから初めて来ていたのですが、彼は札幌山の手高校に留学することになっています。彼が最初に見るリーグワンの試合だったので、すごく縁を感じています。これからは彼が僕のように成長してほしいと思います」
──ボールボーイをした際に、BL東京に入り、日本を代表する選手になることを想像できていましたか。
「まったく想像できていませんでした。ただ、その試合で縁があって、薫田さんが覚えていてくれて、その後に薫田さんが監督をしていたU20日本代表で僕をキャプテンにしてくれました。そうしてBL東京との縁ができて、いまここにいます」
──BL東京のジャージーで勝てたことをどう感じていますか。
「初めてBL東京を見たのが15歳で、いまは36歳になって初めてBL東京のジャージーを着て札幌で戦えたことにすごく縁を感じますし、本当に感謝しています。ラグビー人生に大きな影響を与えた3年間だったので、良いプレーをしようと思っていました。本当に勝って良かったです。もし、日本代表にまた呼ばれて、また札幌で試合があれば勝てるように頑張りたいです。BL東京は『札幌負けなし』なので、ずっと続けられるように伝統にしたいと思います」
──今回、試合まではどう過ごしてきましたか。
「スープカレーを食べようと思っていたらバスに財布を忘れて行けませんでした(笑)。昨日はゆっくりしていました。甥っ子は一昨日に来ていたので、札幌山の手高校の佐藤幹夫先生と会って、あとは試合に集中していました。財布は大丈夫でした(笑)」
──今日の試合でもリーチ選手は、ピンチでも良いディフェンスをしていましたが、いかがですか。
「いつもどおりディフェンスで前に出てタックルを決めようと意識していました。アタックはシャノン・フリゼルや、ワーナー・ディアンズ、ジェイコブ・ピアスがボールを持って前に出られるので、自分はしっかりディフェンスしようと思っていました」
三重ホンダヒート

三重ホンダヒート
キアラン・クローリー ヘッドコーチ
「今日の結果についてはとても残念です。先週の試合では力を出し切ってくれましたが、今日は個々でエラーやミスが出たことが敗因です。こちらは敵陣22mに入っても得点することが難しくて、BL東京は22mに入ったらしっかりと得点して帰っていきました。一番残念だったのは試合の最後の20分です。正直に言うと、とても恥ずかしい時間帯になってしまいました。修正して次に向かうしかないと思っています」
──パブロ・マテーラ選手と、レメキ ロマノ ラヴァ選手の欠場理由と、復帰の目途があれば教えてください。
「レメキはあごの骨折をしているので、今季中の復帰は難しいと思います。マテーラもけがをしていますが、毎日状況を確認しています。次の火曜日に確認して、いつ復帰するのかを考えます」
三重ホンダヒート
小林亮太ゲームキャプテン
「大和ハウス プレミストドームという素晴らしいスタジアムで試合をさせていただき、ありがとうございます。北海道のみなさんや、駆け付けてくれたラグビーファンの方々に試合を見せられて良かったと思います。試合内容についてはクローリー ヘッドコーチが言ったことに尽きると思います。60分まではコントロールして戦えていましたが、ラスト20分は自分たちでコントロールできずに個々のエラーを招いてしまいました。恥ずかしい、残念な形になりました。ただ、60分間は現在1位のチームを相手に戦えたので、これを80分間にできるように来週また良い準備していきます」
──上位チームと戦ってきていますが、トップ2(BL東京、埼玉WK)は感覚が違いますか。
「正直あまり違いは感じていません。自分たち次第だと感じています。自分たちがやるべきことをしっかりやればBL東京もかなり苦労していましたし、疲れてもいたと思います。僕ら自身もやれると思っていました。ただ、トップ4に勝つためには少ないチャンスで得点することが大事になります。そこが課題です」
──ラインアウトモールで固められてから崩される場面もありましたが、実感としてはいかがでしたか。
「おっしゃるとおり、相手が中盤でもモールのオプションを使ったことで押し込まれることもありました。ただ、決定的な場面ではなかったと思います。一つ言えるのは、ゴール前のモールディフェンスは改善しないといけないと感じています」