2024.12.17[昨季MVPが語るリーグワン]リッチー・モウンガ 東芝ブレイブルーパス東京 「問われるのは“新しい現実”への適応」

TOSHIBA BRAVE LUPUS TOKYO RICHIE MO’UNGA

昨シーズン、鳴り物入りでリーグワンに戦いの場を移し、ブレイブルーパスを14季ぶりの頂点に導いた世界最高峰SOが、栄冠の理由、そして日本ラグビーの印象を忌憚なく語る。

大友信彦=文
text by Nobuhiko Otomo

松本輝一=写真
photograph by Kiichi Matsumoto


リーグワン3年目の2023−’24シーズン、王座を獲得したのは東芝ブレイブルーパス東京だった。旧トップリーグ時代の’09年度以来14季ぶりの頂点。そのグローリー・ロードに大きな貢献を果たしたのが司令塔のリッチー・モウンガだった。

 開幕の1カ月少し前までニュージーランド(NZ)代表としてワールドカップを戦っていたSOは、新たに身を投じた日本のリーグワンでも圧巻のゲーム統率力を発揮。リーグ戦16試合中13試合にSOで先発(うち12試合にフル出場)。プレーオフでは準決勝でリーグ戦3位の東京サントリーサンゴリアスを28−20、決勝ではリーグ戦で全勝を飾った埼玉パナソニックワイルドナイツを24−20と接戦で破るみごとな勝利へと導き、自身はMVPに輝いた。

─優勝できた決め手は何でしょうか?

「最大の要因は、コーチングスタッフと選手の連携が良かったことです。選手層も厚かった。シーズンの最初、この選手も日本代表に呼ばれても良いのにな……と思った選手がたくさんいたけど、実際、シーズンが終わったら大勢が代表に呼ばれたね」

─合流したときのチームの第一印象はどんなものでしたか?

「良い人間が揃っているなと感じました。温かく迎えてくれたし、ラグビースタイルも僕に合っていた。選手のスキルも高い。それはレギュラー選手だけでなく若手も。たとえば森勇登はリザーブが多かったけどCTBとWTB両方で高いスキルを持っていて驚いた。彼だけでなく、選手たちはみな謙虚で規律高く、ハードワークを厭わず、学ぶ姿勢が優れている。ノンメンバーも、自分が試合に出たい思いを抑えてチームの準備に身体を張ってくれている。彼らはアンサングヒーロー(陰のヒーロー)だね」

─しかし、リーグワンへはW杯が終わってすぐの合流でした。大変だったのでは。

「とてもタフでした。それまで何カ月間か、身体もメンタルもずっと高いプレッシャーを受けて過ごしていた上に、W杯ではとても悲しい結果でしたからね。ラグビーをしてきて最も悲しい、ハートブレイキングな時間でした。簡単には乗り越えられなかった。でも日本に来る日は先に決まっていたので、もう来るしかなかった。そして日本に着いた瞬間には、この新しい環境でベストを尽くそうという気持ちに切り替わっていました。過去は過去ですから」

─移籍先に欧州ではなく日本のブレイブルーパスを選んだ理由を聞かせて下さい。

「変化が欲しかったんです。NZではクルセイダーズで7年続けてチャンピオンになれて、オールブラックスで2度W杯に出られた。自分の人生の中でリフレッシュが欲しかった。新しいものを求めていた。そのタイミングで日本からオファーがあって、これは僕だけでなく家族にとってもポジティブだと思ったんです。英語圏と違う文化やライフスタイルを学ぶことは家族全員にとって新しいチャレンジだし、実際に来て暮らしてみて、妻や子どもとの絆も深まりました。導かれたんだなと思っています」

─新しい環境で苦労はありましたか?

「NZの家族と会えなかったことは、子どもたち2人にとっては辛かった。最初の頃はホームシックになっていましたね。お祖父ちゃんに会いたい、従兄弟たちと遊びたい……と悲しむ姿を見ると僕も複雑な気持ちになりました。でも、子どもたちも日本の環境にすぐに慣れました。地元の幼稚園に行って、日本の子どもたちと一緒に普通に遊んでいる。言葉を覚えるのも速い。朝は僕がトレーニングに行くときに一緒に家を出ています。家族はみな、日本での生活をエンジョイしています」

─シーズン中にはお父さんが亡くなるという悲しい出来事もありました。

「はい。とても悲しい出来事でした。でも葬儀のためにNZへ帰ったら、世界中から従兄弟や伯父叔母、会ったことのない親戚も大勢集まっていました。父を中心に、改めて家族や親戚の繋がりを確認できたのは良かった」

─集まったみなさんには『日本はどう?』と聞かれたでしょう?

「親戚もチームメートもみんな聞いてきたけど、僕の答えは『悪いところは何もない』。僕が毎朝子どもを幼稚園に送って、自転車でクラブハウスに出かけていることを話すとみんな驚いていた。東京は世界一人口密度が高い、超忙しい街だと思っているんだよね。でも実は、スローライフな生活もできる。そしてラグビー選手としての環境も充実している」

ワールドクラスが感じた
 日本のラグビーとは。

─改めて、プレーした日本のラグビー、リーグワンのスタイルはどう感じましたか?

「速いラグビーはもともと僕の好きなスタイルだから、馴染むことに難しさはなかった。ただし、ラグビー全体の印象としては、速すぎるゆえのエラーも比例して多く、ハイスコアのゲームが多い。相手陣深くまで攻め込んでいるのに、エラーから一気に自陣のゴール前まで戻されてしまうことも珍しくない。自分たちの優位性を維持するためには、常に速いだけでなく、ときにはゆっくりさせてゲームを落ち着かせるようなコントロールが必要だと思った」

─その部分を、モウンガさんはどのようにコントロールしたのですか?

「チームのリーダー陣とはよく話しました。そこで大枠を話して、各リーダーから試合に出る15人、23人の選手たちに伝えてもらい、各自の仕事に繋げてもらった。その作業を正確に繰り返すことで、シーズンを通して徐々にゲームの質が上がっていきました」

─対戦したチームで印象に残ったチームやプレーはありましたか?

「ラグビーのスタイルとしては、サプライズは特になかったかな。僕もこれまでいろいろなチームと対戦してきたしね(笑)。むしろ、上位チームには強いチームカルチャー、信念を感じた。ワイルドナイツとサンゴリアスにはそれを強く感じました。イーグルスも良いチームです。ヴェルブリッツとスティーラーズも、成績はもう一歩だったけど、ギリギリの試合が多かった。リーグ全体として競争力が高いと思いました」

──リーグワンで良いと感じたところを聞かせて下さい。

「ポジティブな要素としてひとついえるのは、トライが多いところです。ファンは観ていて楽しいと思う。試合展開もスリリングで、最後の時間帯までどう決着するか分からない、目の離せない試合が多い。

 それと、昼間の試合が多いことです。ラグビーシーズンは冬だから、日が高くて暖かい午後2時台のキックオフが多いのは嬉しい。小さな子どもも夜更かしせずに試合を観に来られて、試合の後、家に帰って家族と一緒に食事できて、子どもと試合内容についても話せる。NZではほとんどが夜7時からのナイトゲームだから、家に帰る頃にはもうみんな寝ていた。日本に来て、試合の日に家族と一緒に夕食を囲んだときは、最初は妙な感じがしたくらいです(笑)。もちろん、試合の後、チームメートとビールを飲んで勝利を祝う時間がたっぷりあるのも、とてもうれしい」

トライが多く、試合展開もスリリング。ファンは観ていて楽しいと思う。

──逆に課題は何かありますか?

「そうですね……僕が感じたのは、試合の後、選手やスタッフの子どもたちがグラウンドに出られなかったことかな。僕らも80分プレーした後、子どもたちに会いたいし、子どもたちも父親がプレーした芝の上に出て走り回りたい。

 僕自身、子どもの頃、父親がラグビーをしたグラウンドに試合後に入れてもらって芝の上に立ったとき、『大人になったら自分もここに選手として立ちたいな』と思った。スタジアムは『いつかここでプレーしたい』という子どもの夢を育む場だと思うし、子どもには芝を開放してあげてほしいと思います」

─改善されることを期待したいです。最後にモウンガさん自身の2年目に向けた抱負を聞かせて下さい。

「一度勝つよりも連覇する方が難しい。それは僕自身の過去の経験からも間違いない。選手だけでなくコーチもスタッフも、クラブに関わる全員が慢心せず、新たなチャレンジに向かって行くことが必要です。ラグビーはルールが毎年変わって、世界中で新しいスタイルが生まれ続ける。同じやり方を続けても勝てないから、シーズンが始まって新しいラグビーに対してどう適応していくかが問われます。自分たちからここを変えたいというよりも新しい現実にどう適応していくか。その都度ピッチの上で学んで、対応策を見つけて周りに伝えて、影響力を発揮していく。そして自分のパフォーマンスでチームに貢献していくことが目標です」

─新たに日本代表を経験した仲間もいます。

「マモル(原田衛)、タク(松永拓朗)、それに前から代表にいるワーナー(・ディアンズ)とジョネ(・ナイカブラ)、みんな成長して帰ってくるはずです。特にタクは、去年ここに来てからずっと一緒のポジションで頑張ってきた兄弟みたいな存在だから、彼が活躍しているのはすごくうれしい。そして、彼らが抜けている間に若い選手が出てきているのもうれしい。新しいブレイブルーパスをお見せできるのが楽しみです!」

─ありがとうございました。開幕を楽しみにしています!             


■プロフィール
リッチー・モウンガ
1994年5月25日生、ニュージーランド出身。’16年から’23年までクルセイダーズでプレーし、スーパーラグビーで7回のタイトルに貢献。’17年にオールブラックスに初選出され、’19年と’23年のW杯で活躍。通算56キャップ。’23年11月にブレイブルーパスに加入し、初年度にしてチームをリーグ制覇に導いた。176cm、83kg

主将のリーチマイケルとともに優勝トロフィーを手にするモウンガ



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