TOKYO SUNTORY SUNGOLIATH KOSEI ONO
かつては優勝争いの常連だったサンゴリアスは、この数年わずかに頂点に手が届かないもどかしいシーズンを過ごしている。そんな状況を打破すべく起用された、37歳の新HCの勝負手とは。
田村一博=文
text by Kazuhiro Tamura
常勝チームの看板を、もう一度掲げるチャレンジが続く。
最後に頂点に立ったのは、トップリーグ時代の2017−’18シーズン。前季からの連覇を果たした後、東京サントリーサンゴリアスは6年、5シーズンにわたり覇権を逃している(2020シーズンはコロナ禍で中止)。
王者の称号を失った間も、ファイナリストとなること3度。昨季、一昨季は3位、4位と優勝の文字が視界から消えたことはない。
ただ歓喜の記憶は薄くなりつつある。あと一歩の感覚より、越えられぬ壁が毎年厚くなっている気がする。
昨季はレギュラーシーズン16試合で10勝5敗1分けの3位だった。優勝した東芝ブレイブルーパス東京は14勝1敗1分けでプレーオフに進み、勝ち切った。
今季からサンゴリアスの指揮を執る小野晃征HCは、発足から3季すべて異なるチームが優勝するほど競争力の拮抗しているリーグワンで、コンスタントにパフォーマンスを出してシーズンを戦い切ることが重要と考える。
「シーズンを通じ、選手たちが優勝できると信じて戦う。勝負の時期に、サンゴリアスが大事にするアグレッシブ・アタッキング・ラグビーを出して戦えるようになるような環境を作り、選手たちをサポートするのがコーチの仕事と思っています」と話す。
「ラグビーは60分では勝てませんが、60分で負けることはある」と勝負論を語る。
「残り20分の時に勝てるチャンスがある位置(点差)につけていて初めて勝負ができて、そこで決着をつける力がある方が勝つ」
シーズン全体を見るなら、序盤戦で負けが込めば終戦。日程の2/3で先頭を走っても失速してはダメだ。プレーオフに進出して(今季は6位まで)なお自分たちの力を出し切るチームこそが目的地にたどり着ける。
昨季までアシスタントコーチだった新任指揮官は、チームスローガンを『WIN THE ONE』とした。「目の前のこと一つひとつに勝ち、前へ進んでいく」姿勢を徹底させたいからだ。
「試合だけでなく毎日の練習、ひとつのメニューで、一人ひとりの選手が競争に勝つ。月曜日から金曜日までの準備期間にそれを繰り返し、(試合出場の)ジャージーを手に入れ、相手に勝つことを最後まで続けたい」
そのサイクルがチームに一貫性を呼ぶ。最後に笑えることにつながる。
小野HCが現職への就任を打診されたのは、昨季終盤だった。
「オファーは嬉しかったのですが、自分がそうなることで、他の人の人生が変わる。家族にも影響がある。なので、少し時間をもらってから決断しました。いろんな人がこのロール(役割)に就きたい中で自分が任されたことを幸せに感じています」
37歳でシーズン開幕を迎える。リーグワンの監督、HCの中で最年少。それを未熟と不安材料にせず、「武器にしたい」と目論む。
「選手と年齢が近い分、気持ちや考えが分かる。コミュニケーションを積極的にとります。バイリンガルという点も自分の強みです。スタッフや選手たち全員と深く関わり、考えを浸透させることができます」
名古屋生まれ。1歳半でニュージーランドへ。クライストチャーチボーイズ高出身。U19カンタベリー州代表だった。’07年に福岡サニックスブルース入団。同年、19歳で日本代表となり、ワールドカップにも出場した。
’12年にサンゴリアスへ移籍。2016−’17シーズンから2季続けてトップリーグ王者となったチームのスタンドオフを務め、’15年のW杯で南アフリカを撃破した日本代表で見せた判断力を存分に発揮した。
新HCが信じる
現有戦力のポテンシャル。
HCを務めるチームにSH福田健太(前トヨタヴェルブリッツ)らの加入はあるが、新たなビッグネームの来日はない。昨シーズンから大きな補強のない今季の陣容を、「優勝できるだけの力がある56人の選手たちと信じています」と言い切る。
「昨シーズンは43人の選手たちがリーグワンの試合に出場しました(クロスボーダーラグビーを含むと47人)。全選手の8割に出番があった。一人ひとりの成長をサポートし、力を伸ばせばチーム力も高まる」
ニュージーランド代表サム・ケイン(FL・NO8)、南アフリカ代表のチェスリン・コルビ(WTB・FB)が持つ力を最大限に活用することも強化策の一部とする。
「あくまで選手の中のひとり。でも、とても大事な存在。彼らはアップデートが続く世界のラグビーの頂点にいる。その能力、情報のシェアが周囲も引き上げると考えています」
HCになって変えたことがある。土曜日にゲームがあるとしたら、木曜日を最後に選手たちに指示を出さない。指導者の仕事はそこまでで完了。選手たちは試合までに勝利へのイメージを練る。その時間に介入しない。キックオフを迎えたら、描いてきたプレーを余すことなく出し切ってほしいと願うからだ。
「現役時代、そうしていました。シーズン前に描く自分の姿は、決勝戦の通路で入場を待っているものでした。それまでに、やるべきことをすべてやり切った自分がいる。それを想像して、シーズン前、シーズン中の各試合の準備をしていました」
HCとして、優勝までのプランニングはある。しかし、それがガチガチに固めた設計図なら予定外の状況への対応が苦しくなる。「何カ月もあとの結果ばかり考えていたら、きょう何をすべきか、何ができるかといった一番大事なことがぶれる。求めるもの(優勝)がある中で、いまコントロールできることに集中し、実行していかないと」
「コミュニケーション能力はあったけど、体は小さく、スキルが飛び抜けているわけではなかった」と自己分析する元スタンドオフは、「いつも、まだ足りない」と感じていた。
「指導者は、そういうタイプがいいかなと思います」
変わらぬ童顔。しかし、勝負には強い。