TOYOTA VERBLITZ RIKIYA MATSUDA
日本代表で司令塔として活躍、リーグワンでも常勝チームの一員として順風満帆のラグビー人生を過ごしていると見えたSOが、誰もが予想し得なかった移籍を果たした。本人が明かすその目的とは。
大友信彦=文
text by Nobuhiko Otomo
石川啓次=写真
photograph by Keiji Ishikawa
プロ野球ならストーブリーグと呼ぶシーズンオフの移籍市場。ラグビーならエアコンリーグか? そんな呼び名はともかく、昨季終了後のリーグワン移籍戦線最大のトピックは「松田力也、ヴェルブリッツへ!」だった。
帝京大4年で日本代表入りし、W杯2大会出場。’23年W杯では4試合すべてで背番号10を背負い、成功率95%の神業ゴールキックを披露した。昨季はリーグ戦16試合中15試合で先発SOを務め、ワイルドナイツをD1史上初のリーグ戦全勝通過へ牽引。リーグワン元年を制し、続く2シーズンもリーグ戦1位通過を続けているワイルドナイツ黄金時代の立役者であり日本ナンバーワンの司令塔。
その松田が、トップリーグ時代から7季在籍した古巣を離れ、新天地へ──。
「簡単な決断ではありませんでした。今の僕があるのはワイルドナイツのおかげ。素晴らしいチームだし、僕自身大好きなチームです。だけど自分がもっと成長するには、居心地の良いところを離れなきゃいけないんじゃないか。一歩踏み出す必要があるんじゃないかと思ったんです」
決断を促したのは’23年のW杯だった。2大会連続の8強進出をかけて臨んだアルゼンチンとの予選プール最終戦。日本は27−39で敗れたが、後半28分までは2点差の接戦だった。地域獲得率もボール支配率もほぼ互角。
「日本代表として誇れる試合ができたと思う。ちょっとしたことが違えば勝てた試合だった。でもそこで勝たせることができなかった」
誰かに責められたわけではない。だが「10番」の最大の役目はチームを勝たせること──それは誰よりも松田が強く思っていることだ。
「次のW杯のときには、確実にチームを勝利に導ける、圧倒的な10番になっていなきゃいけない。そのためにはいろいろなラグビーを知ること、違うラグビーの考え方を学ぶ必要があると思った」
移籍先には国内外10を超えるチームが候補にあがった。その中からヴェルブリッツを選んだ理由を「姫野がいたのが大きかったですね」と松田は明かした。’23年のW杯で日本代表の主将も務めた姫野和樹は帝京大の同期生だ。ことあるたびに「一緒にやろうぜ」「いつ来てくれる?」と松田を誘っていたという。
「姫野はキャプテンになってすごく成長したと思うし、喋りも上手いけど、ラグビーでは自分のプレーに集中させた方がもっと力を出せるタイプ。ヴェルブリッツでは1年目から主将を任されて頑張ってたけど、内心ではもっと自由にやりたかったと思うし、僕も姫野と一緒にやりたい思いはあった」
松田にとってヴェルブリッツは、対戦相手としても脅威だったという。
「選手一人ひとりにインパクトがあって、勢いに乗ると手がつけられない。隙もあるけど、うまくマネジメントすればすごい力を出す」
立場を変え、「ワイルドナイツに勝つラグビーを目指すことも自分を成長させるはず」という松田にとって、料理しがいのある魅力的な素材だ。
チームも強化に本腰を入れている。強化を統括するDOR(ディレクター・オブ・ラグビー)兼ヘッドコーチはニュージーランド代表オールブラックス元監督のスティーブ・ハンセン。今季は’23年のW杯でオールブラックス監督を務めたイアン・フォスターも共同コーチに加わった。2人は’15年W杯で世界を制した監督&アシスタントコーチ。昨季加入したNZ代表125キャップのSHアーロン・スミスもそのときのメンバーだ。他にも’19年世界最優秀選手の南アフリカ代表FLピーターステフ・デュトイ、今季はスコットランド代表でW杯3大会出場のスーパー男前LOリッチー・グレイもやってきた。豪華な補強ぶりにはファンもため息をつく。
ヴェルブリッツが
松田を欲した理由。
就任4季目。リーグワン発足時からグラウンド内外ともにチームの整備を続けてきた後藤彰友GMは「私が就任したときから5年以内に日本一を、そして将来は世界一のラグビークラブになることを目指しています。それはDORのハンセンとも共有しています」と語る。そのために「日本で一番クオリティの高い10番に来て欲しかった」と松田獲得への動機を明かした。「姫野から松田への勧誘は、あくまで友人同士の会話だったと認識しています(笑)」とも。
松田は9月に愛知へ引っ越し、チームに合流、新天地でのシーズンをスタートさせた。
「若手も良い選手が多いですね。CTB山口修平、WTB和田悠一郞、SH谷中樹平……ラグビーに対してマジメな選手が多い。新人のFL奥井章仁は身体のサイズはないけどラグビーIQもプレーの質も高い。姫野と比べられることも分かっている中でリーダーシップを発揮して引っ張ろうとしている。全部が楽しみです」
しかし、新天地に身を投じた矢先、松田には厳しい運命が待っていた。オールブラックス、フランス、イングランドという世界トップの強敵などと戦う’24年秋シリーズの日本代表から、まさかの落選──だが、松田はそれを冷静に受け止めていた。
「これで’27年W杯がなくなったわけじゃない。このチームでリーグワンを戦って結果を出して、10番として圧倒的な実力を見せればまた日本代表に呼んでもらえるはず。うまくいかない経験も力になりますから」
’23年W杯への道のりも順調ではなかった。W杯を1年半後に控えた’22年5月、リーグ戦最終戦で左膝前十字靱帯断裂の重傷を負い、同年の国際試合出場はゼロに終わった。
「ケガなんてしない方がいいはずだけど、体の使い方などケガがあって成長できたところもある。去年のW杯も、直前までキックがなかなか入らなかったけど、W杯本番では決めることができましたから」
異なるラグビーに挑むプロセスのすべてが糧になる。’27年W杯へ──松田の挑戦は、リーグワンの持つ多様性の証でもある。