NTTジャパンラグビー リーグワン2024-25
ディビジョン1 第18節(リーグ戦)カンファレンスB
2025年5月10日(土)14:30 豊田スタジアム (愛知県)
トヨタヴェルブリッツ vs クボタスピアーズ船橋・東京ベイ
クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(D1 カンファレンスB)
残された時間はすでに30秒を切り、ノーサイドの足音が迫っていた。託された楕円球を手に、芝を切り裂くかのごとくサイドライン際を疾駆しながらも、その段階ではトライラインまで到達できる確信はなく、追走者のタックルのタイミングをずらし、弾き返したところで逆転への道筋が拓かれた。あとは、駆け抜けるのみ。だが、研ぎ澄まされた集中力とともに加速した瞬間、山田響はふと気づいた。逆転? いや、これで同点なのだと。
「だから、(トライエリアで)少し内側に入ったんですが、試合後にスラッシーさん(田邉淳アシスタントコーチ)に『もっと内側に入るべきだった』と指摘されました」
バーナード・フォーリーのコンバージョンキックはゴールポストを射抜けず、埼玉パナソニックワイルドナイツ(以下、埼玉WK)との首位攻防戦は痛み分けに終わった。「勝ち切れませんでした」と、秩父宮ラグビー場が感情の渦と化した前節のあの瞬間を、悔いを含む言葉で振り返る。
快足とワークレートの高さが武器の24歳。幼きころからラグビーに親しみ、報徳学園高校時代にはブエノスアイレスユースオリンピックの7人制日本代表に選出され、慶応義塾大学ではフルバック、スクラムハーフ、スタンドオフと複数のポジションをこなすユーティリティーバックスとして覚醒。2024年に入団したクボタスピアーズ船橋・東京ベイではウイングもカバーする。
しかし、今季はけがに悩まされ、第1節のトヨタヴェルブリッツ戦で初キャップを飾るも、第2節の埼玉WK戦で右足首を負傷。第7節の横浜キヤノンイーグルス戦で復帰し、続く第8節のコベルコ神戸スティーラーズ戦では11番を背負うが、右ハムストリングの肉離れに見舞われた。
だが、山田は焦りに惑わされることなく、冷静に足元を見つめ続けた。欠場中にもっとも注力したのは「再受傷しないこと」。そうした堅実な思考は、彼を幼少期から指導してきた父であり、明石ジュニアラグビークラブ代表の山田賢氏の教えに根ざしている。
「僕はもともとヤンチャで、試合中もイライラするタイプでした。でも、イライラした試合に限って勝てていないと、父に指摘されたんです。確か、中学のころだったと思います」
ここで山田は、スポーツの現場においては苛立ちというものが足手まといになることを知る。だから、無茶な背伸びなどは無用。自分ができることを、着実に、遂行する。その姿勢は、いまも崩さない。
レギュラーシーズン最後の一戦となる、トヨタヴェルブリッツ戦。山田は先発の11番でメンバーに名を連ねる。前節で一躍ヒーローになったばかりではあるが、気負いはまったくない。抱負を聞かれ、落ち着いたトーンで「やるべきことを、しっかりとやります」と答えるその様は、まるで静かなるスナイパー。
前節の熱狂は、もう過去のもの。最終戦、そしてプレーオフトーナメント。やるべきことをやり抜くために、山田は静かに明日を正視する。
(藤本かずまさ)